【装飾古墳】チブサン古墳とオブサン古墳 古代ガンダムと石人さんに出会う山鹿の旅

【装飾古墳】チブサン古墳とオブサン古墳 古代ガンダムと石人さんに出会う山鹿の旅

 

どーもどーもっ、久しぶりの装飾古墳どえーす。

 

今回は装飾古墳のメッカ、サンクチュアリ、聖地、とにかく装飾古墳界隈では激アツエリアとされる山鹿市までやって来た。

 

一番上の写真、こいつが有名なチブサン古墳の装飾なんだけどね、もはやパロディやーんとか言わない!口が裂けても言わない!

 

紛れもなくこれは装飾古墳の最高傑作。マジ震える。

 

装飾古墳の魅力はいくつもあるんだけど、古事記以前の日本では書物が存在しなかったとされている時代に、家畜と共存している生活様式だったり、太陽や星が描かれた宗教観、武具で栄華を誇示するところとか、当時の価値観を知ることのできる唯一の手段が装飾古墳であって、ただの墓ではないんだよね。

そしてこの色彩感覚。ピカソ超えるわ。マジで。ビヨンドTHEピカソ。

 

邪馬台国論争ばかりしてないで、マスコミも装飾古墳の素晴らしさに目を向けてほしいぞコノヤロー。

 

古代人たちと時空を超えて同じ絵を見るという感覚は超絶ミステリアスで、格別な時間。

日本人のルーツに思いを馳せて感動すること間違いなしなのだ。

 

 

さてさて、ここで耳寄り情報でござる。

 

マジで集まれ、カモンピーポー。

 

耳かっぽじれ。

 

 

チブサン古墳は、土日祝日に内部の一般公開をしちゃっているんだ!!

 

 

装飾ってカビが生えたりして風化しちゃうからね、この古代芸術を見られるのは、今だけかもしれない!

 

さあ、今すぐ山鹿市立博物館に申し込みの電話をするんだ!

 

 

とは言え、当然ながら内部の撮影は禁止(フラッシュなんてたかないのにぃ…。)

 

そんなわけで一番上の写真の装飾はレプリカです、はい。

 

古墳内部は撮影禁止です、はい。

 

 

チブサンとオブサン 本編

古墳のサンクチュアリ、山鹿へ

もし東京を歩いててそこら辺に石棺が転がってたらビビるだろうな(笑)

 

ここは「肥後古代の森」。

 

チブサン・オブサン古墳を見るために駐車場に止めて歩いてると無操作に放置された石棺が何基も出てきて鼻血。

当たり前だけどこれはレプリカではない。

 

こんな雑な扱いをされちゃうぐらい、掘ったらゴロゴロ出てきちゃうもんだから山鹿市もいちいち保管なんてしてらんないよね。

 

なるほど、石棺の中は赤色顔料が施されていたとある。

今まさに調査が進む吉野ヶ里の謎エリアの石棺と同じだ(2023年6月時点)。

 

これなんてかなり状態が良い。

さすが山鹿。メッカだわ。

 

オブサン古墳へ

もすもーす。

こちらがオブサン古墳でーす。

 

以前、「マツコの知らない世界」で、古墳界のレジェンド「まりこふんさん」がお薦め古墳ベストスリーで紹介してたのが、このオブサン古墳。

そんなわけで知ってる人も多いと思う。

このオブサン古墳はチブサン古墳から歩いて5分と離れてないから一緒に巡るべし。

 

まりこふんさんのきゅんきゅんポイントは、スフィンクスの腕みたいに伸びる突堤の美しさだそうです。

 

たしかに…。円墳でありながらこんな突堤があるなんて、世界中でバズってもいい事案だというのに不思議と世間は静かだ。

 

ほいだば、羨道を通って中へ。

実はオブサン古墳も装飾古墳なんだけど、石室の奥の石屋形はあとかたもなく破壊されちゃって、その石の一部に赤色が確認できて装飾古墳だったことが判明したらしいんだよね。

あのチブサン古墳の隣にあるんだからね、きっとすごい装飾だったはず。

 

誰だよ破壊したの。玄関にうんこ置くよ。

 

これが内部の石室。本来なら装飾文様は連続三角文、盾、靭が赤色で描かれていたそうだけど残念だな。

破壊した奴、石人さんに別区で裁かれちまいな(古墳ジョーク)

 

オブサン古墳の上から見える風景。

ビニールハウスは別として、この農地として開拓された景色はきっと今も昔も変わらない。

被葬者にどんな景色を見てほしかったのかというのが大事なポイント。

 

オブサンの名の由来は「産さん(うぶさん)」で、安産の神様として信仰されていたとのこと。

チブサンは「乳の神様」に関連づけて命名されたらしい。

 

閉塞石も展示されている。

 

なんでもオブサン古墳は西南戦争で官軍側の幕営地にされたらしく、こんな閉塞石にも弾丸の跡が残っている。

こんな石でさえこんな深い穴を空けてしまう破壊力は、体に当たったら内臓なんてボロボロに破壊されてしまうんだろうな。

恐ろしい話だよ。

 

今さらだけど、だいぶかったるいけどオブサン古墳について説明すると(笑)、

6世紀後半、つまり古墳時代後期に造られた古墳どえす。

被葬者はこの辺の首長さんで、6世紀後半から7世紀前半まではその近い者の追葬がされていた。

出土物から平安時代後期にも追葬があったことが確認されている。

 

チブサン古墳の装飾壁画からくる「乳房信仰」とともに、オブサン(うぶさん=産さん)古墳は、「お産」の神様として信仰の対象となっていた。

その後、時代の流れとともに忘れ去られ、江戸時代には畑地造成によって一部が削られてしまうんだけど、この頃から再び安産の神様として信仰の対象となって、石室周辺は大事に守られたらしい。

信仰がオブサンを救ったわけね、ふむふむ。

 

しかし、西南の役では新政府軍の陣地に使われ、こんな大事なものを破壊してしまう。

 

西郷どん…ひどかことしてくれたでごわす。

 

はい、こちらがチブサン古墳。

オブサンから350mほど離れたところにあるよ。

 

どうでもいいけど、芝が青々としていないのは3月に撮ったものだから。3月、5月と立て続けに訪れて、写真はそれぞれ良く撮れてる方を使ってる次第です。

 

オブサンが円墳なのに対してチブサンは前方後円墳で横穴式石室。

内部見学会はこの中から入っていく。ドキドキするやん。

 

そしてこの前方後円墳の頂上のくびれ部分に、

 

なんと、なんと!

 

一体の石人さんが立ってたんだと!

 

ぜひそのままの所に立っててほしかった…。

きっと素晴らしい景観だっただろうに。

 

岩戸山古墳に近いから、同じ職人が作ったのかもしれない。

 

隣のオブサンの石屋形は木っ端みじんにされたというのに、チブサンの石屋形はそのまま残されてるという奇跡に感謝。

もうすぐこの本物を見ることができるんだ。

 

ちなみにこれが前方後円墳の正しい書き方。

よく教科書とかで鍵穴に見せてるから勘違いしちゃうよね。

 

仁徳天皇陵なんてどの写真を見ても鍵穴だけど、実は現地の説明図はこれと同じ様に前方部を上に、後円部を下に描かれている。

行ったことないけど!

 

チブサン古墳の良いところは、わざわざ山鹿市立博物館に行かなくても説明が充実しているところ。

 

ちなみに、博物館は結構巡ってるけど、これまでで一番感動したのは平原遺跡の隣にある「伊都国歴史博物館」。展示物の数、希少さ、見やすい展示方法どれをとってもトップクラス。

伊都国歴史博物館にまだ行ったことがないという方は是非とも行ってみてほしい。

 

そして帰りに日向峠で五島うどん食べて帰るべし!イチオシ!

 

もはや説明が長くて読む気にならない。

 

石人さん発見!!(レプリカだけどね)

握手できないっ!

 

 

阿蘇山の噴火によって生まれた凝灰岩は加工がしやすく、石人、石馬が作られて、こういう石製表飾は全国で28例あって熊本に15例と集中しているんだそうだ。

九州以外には鳥取の1例だけなんだと。

鳥取と島根の位置関係わかんねぇ〜

 

やっぱ好きだなぁ石人さん。

石人さんのこの愛嬌ある形に癒やされるわー。

 

「乳房さん」の由来になったのがこの装飾。

 

見る人によって見え方が異なるという。

黒い逆三角形がくちばしで鳥に見えるという人がいたり。

 

自分なんかには今にもスポンジボブに出てきそうなキャラにしか見えないんだけど…。

そんなパロディ感万歳の古代アートに胸キュン。

 

あ!そういうことだったのか。。

 

日本人のアニメの感性はこの頃から育ってたのね。

納得っ!

 

ちなみに、右の側面を見てほしい。ティアラを付けた謎のバンザイおじさんが描かれている。

 

これがまたバルタン星人にしか見えないではないか。

 

まさか…

円谷プロの始まりはチブサン古墳だったのか。

繋がったわ。

 

 

アホな感想しか持ち合わせてなくてどうもスミマセン。

そしてやって来たここは山鹿市立博物館。

 

受付けで内部見学の予約をしていた旨を伝えると、13時50分に博物館の前に自分の車を回して持つように指示を受ける。

 

博物館の中は写真撮影禁止。

このピアノだけは写真OKですとか言われても…

なんか違うから!

 

ちなみに5月の青々としたチブサンがこちら。

あそこのくびれに石人さんが立ってたなんて、想像しただけでコーフンするわ。

 

 

外観もきれいな古墳だな。

 

この後内部の見学をさせてもらったんだけど、案内してくれた学芸員の方が事前にみっちり説明してくれるし、これは絶対に申し込むべきだね。

 

内部はガラス越しで見るんだけど、80cm×50cmぐらいの小さな窓ガラスだったし、この日はなかなかの曇り具合でいまいちよく見えなかった。

雨上がりは避けるのと、湿度が低くて寒暖差が少ない春か秋が良い。

 

 

せっかくだから近くにある「鍋田横穴」にも出没してみた。

 

この横穴は7世紀に作られて61基確認されているとのこと。

このときはあまり興味なく惰性で見に来ている。あくまでチブサンのついで。

とうせ、埼玉の吉見百穴に比べたら大したことないんでしょ?

そう思っていた。

 

 

しかし

これを見て一気にコーフンの頂点へ。

 

 

この壁画、まさに古代アニメだ。

もはやガンダムの原型ともいうべき石人さんの尊い姿に昇天。

 

真ん中に描かれた石人は分かりやすいけど、

その右にいる人物がいるの分かるかな?

そう、これ、

アムロ・レイです。

親父にもぶたれたことないのにぃー

 

実物は大きくて迫力あるんだけど、写真だとなかなか伝わらないのが残念だ。

吉見百穴にはガンダムはいない。さすが山鹿。

 

穴の内部はこんな感じで手彫り感満載。

 

 

なんでこんな手間ひまかけて彫ったんだろう。

土掘って埋めるほうがよっぽど楽なのにね。

 

 

さてさて、今回も長くなったからこの辺でおさらばします。

 

おわり

九州以外から来られる古代史好きの方々は吉野ヶ里や太宰府政庁跡に行くと思うんだけど、まあ時間に余裕があればぜひチブサン、五郎山古墳、王塚古墳あたりにも足を伸ばしてほしいところ。

手っ取り早く王塚古墳なんて行った日にゃ間違いなく最高の一日になるからね。

 

にわか古代史好きなおっさんの見聞録でしたが、もっと詳しくチブサン古墳について知りたいという方は有名な学者さんのレポートを読んでください。

 

ではでは


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