
剣山(つるぎさん)。
そこは数々の難所が待ち受け、登頂する者を拒み続ける、四国の秘境にそびえる要塞。
それまで晴れ渡っていた青空は一転し、濃いガスに覆われ昼間なのに闇がおとずれる。
もしハイカーが一歩でも足を踏み入れれば、たちまち雪混じりの雨が叩きつけ、横殴りの風がゴォォォとうなり声をあげて吹き荒れ、容赦なく襲いかかる。
まさに悪魔の洗礼。
ここは呪われている。
そんな呪いの山に果敢に飛び込む一匹の中年オヤジ。
彼は数々のパワハラによって鍛え抜かれたメンタルのみを携えて、持ち前のボンビー人の体質で前をのみを見つめながら歩く。
上って行く坂の上のガスまみれの天に、もし1枚の一万円札があるとすれば、
それのみを見つめて、坂を上っていくであろう。
さあ、果たして無事に帰ってこれるのか。
低体温に襲われ遠ざかっていく意識の中で中年オヤジの頭に浮かんだのは、ただ一つ。
淡路島バーガー。
生きろ!なんとしても生きて食べるんだ!
涙なしでは見られない、感動スペクタクルの後編です。
前編はこちらからご覧ください↓↓
ホワイトアウト
どこに山頂の標柱があるのかも分からぬほどの濃霧。
周りのハイカーの顔も生気を失い、絶望感だけが漂う。
ここまでは樹林帯に守られてたけど、山頂付近は風をもろに受けるためとにかく寒く、慌てて長袖シャツとレインウェアを着込んだ。
もうバカでも分かる。一発逆転で晴れるわけがない。
雨に白いものが混じり始めるという最悪なコンディションになったところで山頂に到着。
寒いんだ。。
僕はいま、とにかく寒いんだ。
次郎笈なんて行くものか。
あたしがいま一番欲しているのは、そう、温泉だ。
なのになぜ?
突然ボンビー風に吹かれてしまい、はるばる剣山まで来て次郎笈まで行かないなんてもったいなくね?って思っちゃったんだよね。てへへ。
行かなくちゃ。
次郎笈へ行かなくちゃ。
この先の白い世界へ、行かなくちゃ。
ジゴクの縦走路
何も見えない。
でも行かなくちゃ。
己のボンビー魂が恨めしい。
横殴りの風と叩きつける雪混じりの雨。
ただただ頬が痛い。
濡れた靴で運転するのやだなぁ。
現実的な帰りの不快感を今から想像する。
後悔しても今さら遅いねん。
幸いなのは岩が濡れてても安全極まりない縦走路ってことぐらいか。
晴天の下、ハイキングを思いっきり楽しんで、
下山後は鳴るちゅるうどんで背徳感に溺れるという、
あたしの贅沢プラン。
ぜんぶ台無しだ。
せめて、次郎笈までは行かなきゃ。。
白って200色あんねん。
もはや冥土へ向かって進んでませんか?というスペクタクルな展開になってきた。
立ち止まれば低体温症で動けなくなるかもしれない恐怖もあって、リアルに剣山の先は次郎笈ではなくあの世だったのかと感じている。
しかし、こんな天気でも物好きはいるもので、次郎笈から戻ってくる人もいる。
すれ違ったマダムが寒さに震える僕に話しかけてきた。
しかも意外と話が長い。
こちとら歯をガチガチさせているというのに、
「登り始めた時はねぇ、こんな天気じゃなかったのにねぇ」
そんな他愛もない天気の話を2分ちかく聞かされてたんだけど、
「ええほんとに」
としか繰り返さない自分に、突然ぷいっと行かれてしまった。
どうやらつまらない奴と思われたらしい。
気分を害してはいけないと寒さに耐えて話を聞いてあげてたというのに、世の中理不尽なことばかりだ。
剣山は僕に手厳しい。
ここを登りきったところがきっと次郎笈だろう。
きっと本来なら伊豆山稜線の様に開放的で、
裏那須縦走路みたいに爽快なトレイルが続いていたはずなんだ。
歩いても歩いても、いつまでも着かないで欲しいと願ってしまう、そんな感動的な縦走路だったに違いない。
いまは一刻も早く着いて、
そして即引き返したい。
悲劇の次郎岌
やっと着いた。
背景のビジュアルは番組制作でCGを合成できる様に幕を張ったかの様だ。
ここに長居する理由なんぞない。
ゲッザーンとシーボルト
秒で引き返す。
なんのためにここまで来たのか。
無事に下山できれば山頂に立てて良かったと思えるのだろうか。
何年前だろうか。
白馬鑓ヶ岳に登りに行って、ガスガスだったけど、下山するとぐでぐでに酔っ払ったおっさんさんから
「山頂に立てて良かったな!」
と出迎えられたことがあったけど、それがとても印象深い。
自分の信条として、ピークハンターではなく、楽しそうなルートをたくさん歩きたいと思っちゃいるけど、その時は妙にしっくりきたわけです。
「山頂に立てて良かったな!」が。
まあそんなわけで、こんな日でも山頂に立てて良かったわけです。
そう思わないとやってられない、、だけですが。。
こうした犠牲を重ねていけば、いつか快晴の登山に恵まれるのだ。
本来であれば次郎笈でご当地名物の鯛めしでも食べて、至福の時間を過ごしたかったが仕方ない。
食べ終わる頃には唇が紫色したきしょいおっさんになってしまう。
ああ、
剣山の山頂が遠いなぁ。
必死にお小遣いを貯めてやって来た剣山だと言うのに、このツキの無さがいかにも自分らしくて感無量。
あ、巻き道がある!
寒さでかじかむ手でYAMAPを確認してみると、山頂を巻いてリフト乗り場まで行けることを確認。
今ごろこんなルートがあったことを知るというね、まったく恥ずかしい話ではあるんだけど、有り難い!
やったぜ。
あの案内に気付かなかったら凍え死んでたかもしれない。
雨に滴る紅葉と叫び声
こうして私の剣山登山は思いもかけない形で下山の開始となったわけです。
そして少しずつ標高を下げ、紅葉のピークゾーンに突入。
しかも嬉しいことに、巻き道は嘘みたいに風が当たらない。
風さえ防げちゃえばなんちゃないのだ。
雨にしたたる紅葉だって、凍えずに見られる。
ガスが垂れ込める紅葉は実に味がある。
そんな荘厳な雰囲気なのだが、実のところ足元では大量に発生したミミズがうじゃうじゃいて、気になって仕方ない。
しかもただのミミズではない。
西日本特有の「シーボルトミミズ」だ。
九州にもたくさんいるから珍しくはないけど、さすがに気持ち悪い。
こいつね↓
うっかり踏んでしまったらのた打ち回って暴れるから、それがまた気持ち悪い。
こんなデカい奴があちこちで恵みの雨キター!!と出没するから、紅葉どころか足元ばかり気を払わないといけない。
こんな天気だというのに、白人のグループが元気に登ってくる。
さすが寒さに強い人種だ。
中には半袖の人もいたり、ぐっしょり雨を吸ったパーカーをかぶったアニオタまで様々だ。
でもみんな楽しそうに登っていくんだよね。
登山経験が浅い時の自分もそうだった。
どんな天気であれ、山に登るだけで理屈なく楽しかった。
いつからか晴れじゃないと楽しめなくなってしまった自分が悲しい。
あの頃の気持ちにはもう戻れない。
そんな若くないし。
ミミズ出てくるし。
そんなシーボルトミミズを避けることばかりに集中して進む。
背後から女性の「ギョエー!」という叫び声が聞こえた。
ミミズには何の罪もないんだけど、関東のミミズしか知らない人にとってさすがにビジュアルがグロすぎる。
東屋が見えたけどすでに大グループが占拠しててあの中には入りにくい。
立ち止まって無駄に体を冷やすのも嫌なので、とっとと先へ行くことにした。
慌ただしい登山になってしまったことが悲しい。
東屋を過ぎると西島駅までは大して紅葉もしてないし、ただひたすら雨に濡れながら歩くだけ。
ツイてないついでに、今年の夏は記録的な猛暑で全国的に紅葉が遅く、本来であれば紅葉どストライクな10月後半を狙ってやって来たのに完全に適期を外すというツキの無さ。
これだけハズレな剣山に登れるのも実にレアな話だ。
くそっ。こうなったら次は紅葉の大本命、秋の新潟に行くしかない。
西島駅に到着。
なんて静かなんだ。
こんな閑散とした百名山あるんか?
当然、西島駅からリフトなんぞ使わずに己の足で下る。
ちなみに西島駅のすぐ近くにテン場があるので寄ってみましょう。
ここがテントエリアだけど、フラットだし山の夜を楽しむには絶好の立地。
晴れてたらどんな景色が見えたんだろう。
結局ずっと雨に降られながら、走るようにして下山完了。
びちょびちょな姿で無事に下山できたお礼を済ませると、観光中のご家族から話しかけられた。
「山頂は雨降ってなかったんですか?」
マウント気味に「ザーザーっす!」
登る前はここを歩きながら、下山してここでソフトクリーム食べたらサイコーだよななどと考えていた。
ふっ、片腹痛いわ。
寒さでカチコチに硬直した体でなんとか駐車場まで戻ってこれた。
温泉に入りたい一心で濡れた服を脱いだよ。
濡れた靴が気持ち悪さの極み。
食い倒れ
ここはどこ。私はだれ。
山では完全にツキに見放された私ですが、その反動もあって、絶対に美味いもんを食いたい!と前のめりでやって来た。
淡路島バーガーの名店です。
九州人として、佐世保バーガー、からつバーガー、いきまつバーガー(これはマイナーだけどめちゃ美味い)以外のバーガーに走るなんて、邪道じゃね?と思われてしまいそう。
詰め込まれたオニオンが広末涼子以上に乱暴で最高です。
佐世保バーガーもいつまでも王道と思ってると足もとすくわれるよ。
出汁がうまいと評判の徳島うどん!
食って食って食いまくってやる!
この数日後、高血圧で食事制限か開始となりました。
高知に寄る時間はなかったのでスーパーでカツオの刺身を買ってイートインで食べました。
なんかちょっと寂しいけど意外と美味くて驚いた。
我ながら食への執念が恐ろしい。
おわり
カメラを趣味にしていると、悪天候の山ほど劇的なシーンに遭遇できるから良い、なんて話はよく聞く話。
まったく冗談じゃありませんよ。
剣山は確実に晴れの山。
光がたっぷり差し込むロケーションでこそ、縦走路から見渡す山々が映えるわけで、
天候が崩れる際のアートな雰囲気なんてものはこの山には不要です。
だいたい自分みたいな単細胞やろうがアートとか片腹痛いわ。
美的センスゼロな自分を補ってくれているのが、きらびやかな色で表現してくれるあたしの相棒カメラ「X100V」はなくてはならない存在。
これさえあればボンビーに金棒。
まあね、自然相手の遊びだから天気に恵まれないこともあるけど、
そういう時はまた訪れる理由ができたとポジティブシンキング!です。
今年の秋は週末雨ばっかりだなー。
ではでは


